■アメノチハレ




すぐ近くに、ゴミ捨て場があった。


「みゃあー・・・。」


え?

不意に猫の鳴き声みたいなのが聞こえた。
もしかして・・・―――

ゴミ捨て場の横、普通じゃ死角になる位置に、
少し大きめのダンボールが置いてある。
声はその中からのものみたいだ。


「・・・捨て猫か・・・?」


「みゃあー・・・。」


ダンボールを開けると、
そこにはやっぱり小さい猫がちょこんと座っていた。
中に入ってた手紙を見ると


『可愛がってあげて下さい。宜しくお願い致します。』


っていう決まり切った文章が書いてあった。

ったく、可愛がってほしいなら
最初っから捨てなきゃいいのに・・・。


「・・・お前、寒いか?」


「みゃお〜・・・。」


「そっか。そうだよな・・・。
 すっとこの暗い箱に入ってたのか・・・?
 一人で。」


「・・・みゃー・・・?」


抱きかかえてみると、嘘みてぇに冷たかった。
元は飼い猫なんだろう、すっげぇ懐っこい。

抱きかかえた瞬間、
何か突然悲しい気分になった。


『お前、伊武の事好きだろ。』


・・・好きだよ。

でも俺は深司に嫌われてるから。
俺のものを深司の家に置いとくだけで、
深司は目障りだって言ったんだ。
それなら、
今まで俺はどんだけ深司に迷惑かけてた・・・?
今までどれくらい邪魔だった・・・?

―――深司にとって。

俺は深司にいつでも会いたいって思ってたけど、
それは俺の一方的だった訳だよな?
深司は、俺と顔合わす事さえ面倒だったかもしんない。
嫌だったかもしんない。

何で、気付かなかった・・・?―――


「みゃあ・・・。」


小猫が俺の頬を舐めてる。
雨に交じって分からない涙も一緒に。


「・・・慰めて、くれてんの・・・?
 サン・・・、キュ・・・―――」


声が情けなくなってる。


「・・・何で泣いてるの?」


「え・・・―――」


後ろから聞こえた声に、振り返る。


「みゃぁお。」


「・・・神尾。」


「っ・・・!―――」


そこには見慣れた綺麗な顔があった。
一番見たくないのに、一番好きな顔。


「・・・泣いてるの、俺のせい・・・?」


少し困ってるみたいな顔で、俺にそう訊く。
何でお前はいっつも間が悪りぃんだよっ・・・―――
見られたくない、情けない。


「っ・・・泣いてなんか・・・ねぇ、よ!
 こ、これは・・・あ、雨の水だ!!」


まともに相手を見る事ができねぇ・・・。
俺なんかに構わねぇでさっさと通り過ぎてくれよ!!
―――頼むから・・・っ!


「えっ・・・―――」


目元に、温かい感触が触れた。
深司の顔が、すぐ近くにあった。

まずい。ヤバイ。
心臓の辺りの音がリズムを上げてる。
相手に聞こえちまうんじゃねぇかって思うくらい
音も大きい。


「・・・嘘。しょっぱい。
 雨の水に味なんてない。泣いてたんでしょ?」


「っ・・・な・・・泣いてなんかっ・・・!」


「みゃお〜・・・。」


誤魔化せないんだよって、
抱いてた小猫が言ってるようだった。
深司は、真剣な顔で俺を見据えてるし。


「・・・神尾、一つ訊きたいんだけど。」


「な、何だよっ!」


「・・・何で約束すっぽかそうとしたの?」


一番訊かれたくない事。
一番答えたくない事。


「・・・・・・・・・・・・。」


「俺との約束より、清水の方が大事な訳?」


・・・え?

何でそんな事訊くんだ・・・?
優とはさっきまで一緒に帰ってただけだ・・・。
・・・深司と顔合わせたくなくて
遠回りしようって提案したのは確かだけど・・・―――


「・・・それは・・・―――」


「・・・清水は、神尾にとっての何・・・。
 俺との約束をすっぽかしてまで、
 一緒に帰りたいって思う存在なの・・・?」


「何でそんな事っ・・・―――」


もう分かんねぇよっ・・・!!
深司はいっつも何考えてんのか分かんねぇし・・・
何でそんな事訊くんだよ・・・―――

・・・分かんねぇよ・・・!
・・・お前は、何を・・・、考えてんだよ・・・!?―――

諦め、つかなくなる・・・―――


「みゃ・・・―――」


「ねぇどうなの。」


ここで深司に嫌いだって言ったら、突き放したら、
諦め切れるか・・・な。
深入りする前に、依存症になる前に、
完全に嫌われれば、
嫌ってくれれば・・・―――俺は・・・。


「俺・・・、は・・・―――嫌い。
 深司が、嫌いなだけだっ・・・!」


「・・・そう。」


一瞬、一瞬だけ見せた深司の傷付いたような顔。

なぁ何でそんな顔すんだよ・・・?
俺の事嫌いなのは、深司の方だろ・・・?

俺が、本当の事言ったら、
深司が好きだって言ったら・・・―――
深司、お前は・・・笑うのかよ・・・?
それとも・・・―――


「・・・俺は、神尾が好きだから。」


「えっ・・・―――」


今、何て言った・・・?


「・・・神尾に嫌われてても、俺は諦める気ないし、
 神尾がずっと好きだってのは変わらない。
 ・・・入学して初めて会って、
 俺に声かけたの神尾だよ・・・?
 覚えてないでしょ。」


「深・・・、司・・・?」





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