■革命の蒼穹




「おい霞猪〜・・・朝飯作ってくれぇえ〜・・・――」


「自分で作ればいいじゃない、
 それじゃあダメだよー?兄さん・・・――」


いつもの朝の光景。
でも、僕の気分は優れはしなかった。
今日は過去の夢を見て、非常なまでに気分が悪い。

僕の名を呼んでいたあの不気味な声。
そしてそれを辿って
思い出してしまった過去の出来事。

どうも、気分が悪かった。


僕と兄さんは今、
学校で知り合った少女の家で
住まわせてもらっているのだ。
初対面の少女の筈なのだけれど、
何故かそんな気がしないのだ。

でも何処となく変わった雰囲気を持っている少女だ。
左右で異色の瞳もその理由なのだろうけれど、
僕はそれだけでは終われないのだ。

――何か、何か引っかかる気がしてならない。

気のせいかも、しれないけれど。


「胡深、いつも霞猪に食事を作ってもらうとはどういう事だ。
 双子だといってもお前は霞猪の兄だろう?しっかりしろ。」


「あぁ?んな事いってもよー・・・。
 胡蝶、お前こそどうなんだよ、女だろ?
 食事くらい・・・――」


「作れないんだ。」


即答。

口調も少女にしては少し変わっているので、
それも引っかかる理由の一つなのかもしれない。

少女の名は『瑞羽胡蝶』。
さっぱりしている性格なので、
僕も兄さんも気に入ってはいる。
最近よくいる、騒いでばかりの女性とは違って
しっかりしているのもあるけれど。


彼女の家は広いのだが、
家内にいるのは執事の芽喩さんと彼女と
僕と兄さんだけだ。

父親は今外国での仕事の成功の為、
その国に暫く滞在しているらしい。
母親は彼女が小さい頃に亡くなっているのだという。


「大体胡深、女だから男だからとかいうのは差別だぞ。
 私もお前も霞猪も同じ人間だろうが、男も女も関係無い。
 男尊女卑みたいな事はやめろ、気に入らない。」


「あぁーうるせぇー・・・。
 ってかお前はもっと女らしくしろよ。」

兄さんが何やら文句をつけるが、
そんな兄さんが僕も胡蝶も嫌いな訳ではない。


「兄さん、僕達は胡蝶の家に居候の身なんだから、
 そーゆー事は言わないの。失礼でしょ?」


「うるせぇー・・・。
 お前は女みたいな事ばっかしてねぇで
 もっと男らしくしろよー。」


「言わないでよ、気にしてるんだから。」


そう、僕は昔から全く変わらない顔立ちで、女顔のままなのだ。

だから買い物とかへ出かけても、
学校へ行っても女性に間違われる事が多い。
僕だって、出来る事なら
兄さんみたいに男らしくなりたいよ・・・。


身体も一定の運動を体験した事がないせいで華奢なまま。
嫌になる事だって少なくは無いのだから。

それに僕は趣味までもが女染みている。
本を読む事、音楽を聴く事、
料理や家事はかなり好きなのだ。
だからこの家の家事は、
大体は執事の芽喩さんと僕だけが担当なのである。
嫌いな事ではないのだから、気にはしていないけれど。


「・・・なぁ・・・?」


兄さんが突然僕に視線を向け、そう言った。


「ん?」


「お前・・・今日何か悪ぃ夢でも見たのか?」


そんな事を言われた。

何故・・・?――
でも・・・――

――図星だった。

過去のあの気味が悪い夢を、
僕は今日見たのだから。

それにしても、
何故分かってしまったのだろう?
僕はそんなに思い詰めたような表情を
していたのだろうか・・・?――

・・・兄さんや胡蝶に心配、
かけてしまっただろうか・・・?


「何で?」


「・・・ん・・・。
 何かいつもと違う・・・から・・・。」


声を曇らせて兄さんが言った。
兄さんなりに気を遣ってくれているのだろうか・・・?


「・・・胡深、そうなのか?
 ・・・まぁ確かにいつもの霞猪の雰囲気は違う気はするが・・・。
 ――何かあったのか?霞猪・・・。」


心配そうな表情で胡蝶も僕にそう言った。

やっぱり気付かれていたのだろうか・・・。
僕はそんな分かり易い表情を
作っているのだろうか・・・。

兄さんと胡蝶を困らせた事が、
物凄く痛かった。
迷惑も心配も、
この二人にだけはかけたくないのに・・・――


「・・・俺でよかったら・・・さ、話聞く事なら出来るからな・・・?
 霞猪のそんな顔見たの俺久しぶりなんだよな――だから。」


やっぱり、心配をかけてしまったのか・・・――
大好きな兄さんを困らせたりしたくは無いのに。

「私も協力する。もし何かあったらすぐに言え。
 対処できる事と出来ない事はあるかもしれないが、
 話を聞く事はできる。
 話せばすっきりする事だってあるだろう?」


胡蝶までも心配させてしまっている僕は最低だ。
僕のせいで雰囲気が壊れてしまいそうで、
不安になる。


「大丈夫だよ、二人とも気にし過ぎだよ・・・。
 何も無いから心配しないで」


無理にでも、笑顔を作ってみる。

この重苦しい雰囲気を消す方法が、
他に見つからなかったのだ。
この二人にだけは絶対に心配などかけたくなくて・・・――
表情を壊したくなくて。
だから、僕は僕の中で僕の事を解決しよう・・・

――そう思っている。


「・・・無理だけはするなよ。
 私に話しても解決策が確実に見つかる事は無いとは思うが、
 霞猪のそんな表情を見ているのは酷く気分が悪い・・・。
 お前と私や胡深、芽喩は、血は繋がっていなくても
 もう家族みたいなものだろう・・・?
 一人で溜め込むのはやめる事だ。」


「大丈夫だよ、胡蝶。
 そんな大した事じゃないんだ、
 相談するほどの事でもないからさ・・・ありがとう。」


この事を話したからといって、
兄さんや胡蝶にとっては何の利益にもならない。
逆に悩ませて、
この二人の表情を壊してしまう気がしてならないから・・・――

今は黙って、僕だけで考えていよう。

考えてみれば、
僕はいつも兄さんと胡蝶に頼ってばかりなのだ。
それで困らせて、悩ませてしまう・・・――
巻き添えにしてこれ以上苦しませてしまうのは嫌だよ・・・。


「・・・お前・・・また何か、余計な心配事でもしているのではないか・・・?」


胡蝶が横から再び声をかけた。
真剣な表情で僕にそう聞いて、
すぐに僕から目を逸らしたのだ。


「え・・・?」


次に、間の抜けた声が僕の口から発せられた。


「ふん・・・別にいいのだがな。
 お前が言いたくないのならば、
 無理に問い質す事も無い。」


「う・・・うん・・・。」


胡蝶のこの鋭い口調が、時々胸に痛い。
女性にしては変わった口調である故、
迫力も違うように感じるのかもしれない。


「・・・でも・・・――」


「え・・・?」


「出来れば・・・話して欲しいんだ。
 一人で抱え込まないでくれないか・・・?
 ・・・無理には聞かない。
 私達が聞く必要は無いのかもしれない・・・――お前の私情を。
 だから、無理に聞いて・・・
 またお前の心に傷を負わせてしまうようならば・・・
 そんな事、私も聞く必要は無い・・・。」


胡蝶は視線を逸らしたので、
表情は良く見えなかったけれど、
声の雰囲気が少し違った。

悲しいような、孤独なような・・・――

何と表現していいのかは分からないけれど、
何処か、寂しくて。

胡蝶は普段素っ気無いのだけれど、
こういう事になると誰よりも深く考え込むのだ。

――僕の事だけではない。

自分に少しでも関わった人間が傷付いたようならば、
一緒になって悩む。

傷付いた側の立場になって、
同じ視点で物事を捕らえ、解決しようとする。
そんな優しい一面があるのに、普段は隠しているので、
周囲の人間に誤解を招いてしまう。

本当は人一倍素直で、優しい人間なのに・・・――




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