■革命の蒼穹




〔廊下〕

廊下に出て先生に呼び出しをされた兄さんを待っていると、
細い声が綺麗に響いた。


「・・・霞猪・・・?」


――え・・・?

何処かで聞いたような声。
物凄く透き通っていて、
静かな教会に響く鈴の音のような綺麗な声。

――まさか・・・。


「っ!!君は・・・っ――」


「・・・・・・・・・・・・。」


振り向けば、やはり予感は的中だった。
今朝の、人形のような綺麗な少女が、
この学校指定の制服を身に纏い、立っていた。


「お前・・・この学校だったのか・・・。」


無表情のまま、彼女が言う。
逆に僕は驚きを隠せないままで、ただ立ち尽くしていた。
彼女は眉一つ動かさないけれど。


「な・・・何で・・・君・・・――」

「・・・私もここの生徒だ。瑞羽胡蝶、よろしくな。」


瑞羽・・・?
どこかで聞いた事があるような・・・ないような。


「そ、か・・・――」


考えてもやはり分からなかった。
でも、何か引っかかるものはあるのだ。
『瑞羽胡蝶』、その名に。


「あぁ。」


((――・・・タタタタタタ・・・ッ・・・――))


「かっ・・・霞猪!!!!」


「うわぁああッ・・・!!?――」


((――・・・ダン・・・ッ・・・!!――))


突然、兄さんが息を切らして現れた。
そしていきなり僕に飛びついて、
僕は床に頭をぶつけてしまった。


「ったァ・・・――
 なッ・・・何なの・・・?兄さん・・・。」


「霞猪!大変なんだよ!!!
 俺達・・・このままじゃ退学にされちまうって・・・ッ!!――」


あの負けん気の強い兄さんが、泣きそうな表情で僕に訴えた。

――学校を・・・退学?――

「うそッ・・・――
 ねぇッ・・・それってどう言う事なの!!!??
 年齢誤魔化してアルバイトをしていたのが
 バレた・・・とか?」


落ち着いて聞きたい。
落ち着いて現状を考えたい。
でも、無理だ。


「違ぇんだ・・・――何か・・・
 やっぱり学費が足りねぇらしくて・・・
 このままじゃ俺達もうこの学校にいられないって・・・
 ――いる事が、許されねぇ事だって言われて・・・ッ!!
 ・・・ヤだよ・・・俺・・・――」


「そんなの!!!酷過ぎるよ、何で!!!??どうして!!
 叔母さんからの仕送りと、アルバイトで稼いだお金を合わせたら
 まだ余裕あるじゃない!!兄さん・・・ッ!!!!」


お金が足りない・・・?

――否、そんなはずはない。

だって学費だけの分なら、
まだ十分足りている筈なのだから。
足りないなんて、絶対に有り得ないのに・・・ッ!!!


「・・・お前が・・・霞猪の双子の兄か・・・?」


横から、涼しい声が綺麗に響いた。

――彼女だ。

――そうだ、彼女がいるのを忘れていた。

――マズイ。

「え・・・あ・・・あぁ・・・――お前・・・誰だよ・・・?」


兄さんが彼女を見上げて問う。
彼女は今だ表情を変えずに、無表情のまま続ける。

「・・・多分、その稼いで払っている学費と給食費を
 横取りしている奴がいるのだろうな。
 私には関係ないだろうが、最近この学校でそんな狡賢い教員がいる。
 被害者は皆親がいない。
 お前達だけではないんだ、年齢を誤魔化してまで必死に稼いで、
 学費や給食費を払っている者はな。」


「え・・・。」


僕達だけではない・・・?
同じ立場の学生が・・・?

親がいなくて自分達だけでお金を稼いで、
学費や給食費を払っている人間が・・・?
この学校に?

思考回路が一瞬途切れた。
まさか、そんな事思いもしなかったから。


「お前・・・何で俺達の事知って・・・――」


「・・・お前の双子の弟に聞いた。」


「ごめん・・・兄さん・・・。」


そう返答してから、彼女は初めて僕達二人と視線を合わせる。
やはり、物凄く綺麗な顔立ちだ。
そうそうはいないだろう。

「お前・・・名は?」


今度は彼女が兄さんにそう問う。
兄さんは驚きながらも、返答する。


「・・・胡深・・・。」


「・・・そうか、良い名だな。」


初めて、彼女が微笑んだ。
一瞬の間だったけれど、
微笑んだその顔が、冗談抜きに、
まるで女神のようだった。




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